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第5回 いい湯だな、バハン

馬搬
 前回紹介した会議は、「湯守の森会議」というのものだった。湯守の湯は、「日本に11種類ある泉質の9種もある」という宮城県・鳴子温泉が舞台だ。湯治場が今も残るひなびた温泉街で、「その大事な温泉の源泉となっている水は山に降った雨だ。その森を守ることをしなければ、温泉源を守れない」と考えて「湯守の森」を作る趣旨だ。

 温泉にも入らせてもらった。それぞれの湯ごとに不思議なくらい感じが違う。ある湯は半透明でねっとりしたお湯なのに、隣ではさらっとした透明な温泉、珍しいとされる炭酸泉もある。『お湯に浸からせてもらって疲れを取って…』と思ったが、酒宴の席で飲みすぎたせいで、翌朝の短い湯浴みで終えてしまった。

 翌日の会議でキーワードとなったのは「バハン」だった。「いい湯だな、バハハン」ではなく「バハン」だ。漢字で書くと「馬搬」、馬で木材を運ぶ方法だ。そのための馬と、イギリスで行われた「馬搬技術」のコンテストに日本から初出場して優勝した岩間さんが会議に参加していた(馬は議場ではないが)。馬搬なんていうと年寄りを思い浮かべるかもしれないが、岩間さんはまだ若い人(おそらく30代)だ。その彼はイギリスに大会があると聞いて出かけ、見事に優勝して女王陛下と会うことができる身分になったんだそうだ。「日本では貧しいままだが」と言っていた。

 この岩間さんから馬搬の技術を学びつつあるのが、くりこま木材の「エコラの森」のエース、田手扶紀(たてふき)さんだ。宮城県で林業女子の会を始めたばかりだが、この彼女は以前から馬に惚れていてここに来た。林業に関わりたいと思っていたのだが、そこで馬に関わりたいと思っていた。面談でそう話したところ、「馬搬」をしたかったエコラの森側から「今すぐに」という話になったそうだ。

 一方その「エコラの森」こそ、天然住宅が年二回間伐や植林の手伝いに行く森だ。バブルの時期にある会社がリゾート開発しようとして入手したが、バブル崩壊で倒産。債権者は見渡す限りの良い木を盗伐していった。その後、この土地を入手して産業廃棄物廃棄に使おうとする企業が出てきた。

 『森が廃棄物処分場にされたらかわいそうだ、下流の鳴子温泉にも影響が出てしまうかもしれないし』と思って、無理して買ったのが「くりこま木材」だった。

 そこからの木材は、天然住宅を中心に使わせてもらっている。この山では、今までと全く違った林業をしようとしている。「自伐林業」だ。これまでの林業は森林組合任せで、伐採も組合に任せていた。しかし林業組合は農協と同じで、「効率重視、大規模化と省力・機械化」ばかり進めるので、山を傷める皆伐に近い伐採の仕方をする。そうではなくて販売する一本の木を択伐して、森を傷めない管理方法をしようとするのが「自伐林業」なのだ。

 自伐林業を行う徳島の「橋本林業」さんの森を見せてもらったことがある。自伐林業の最も大きな違いは森に入れていく道の細さだ。巾2.5メートル、道のために山の崖を削る高さも1.4メートル以下、そして細い道が木の葉の葉脈のように細かく入っている。使う機械もチェーンソー、ワイヤー、2トンロングトラック、フォワーダー(材木を運ぶ専用の運搬機)などで、高くて重い高性能林業機械は使わない。だから道は狭くてよく、しかも壊れないのだ。実際に見に行った日は台風の最中の日だったのに、林道に崩れは全くなかった。

 こうした試みを進めていくのに「馬搬」は抜群だ。道がほとんどなくても、馬の操りがうまければ運び出すこともできる。そして彼女はここで馬搬の馬の調教師になろうとしている。


 しかしくりこま木材のしていることは、周囲の林業家には奇妙に見える。ウシを入れたときは笑われ、本当に「バカ」と呼ばれたそうだ。ところが今度はそこに本物の馬が入る。

「いよいよ本物の馬鹿に近づいたね、あとは鹿ですね」と思わず言ってしまった。
「今のところ馬牛ですからね」

 そんなわけで鳴子温泉に浸かりながら未来の林業について考えてきたわけだ。
『いい湯だな、バハン』
栗駒の牛さん
栗駒の牛さんたち
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