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となりのトトロととなりの息子

先週、1歳の息子が水疱瘡にかかり、外出できなくなってしまいました。
普段はお母さんとよく外遊びをしているので、さすがに1週間家の中にずっといると暇かな〜と思い、
「となりのトトロ」を借りてきました!
 
となりのトトロと息子
ジブリデビューは、時期尚早かと思いましたが(動画をあまり見たことがないこともありますし、セリフも多分まだわからないはず・・)、動く動物などに反応しながら30分くらいは集中して見てくれました。
絵本で見てたあのトトロが動いていたので、少しは感動してくれたのでは!と思っています。
 
私も久しぶりに見たのですが、「大人になってからわかるジブリの良さ」を、息子との鑑賞で感じることができました。
 
まず、気付いたのが、さつきちゃんの心の動きが細かく描写されていること。
その心の動きを中心に物語が流れ、鑑賞者の心を共鳴させていることに気づきました。
 
そしてびっくりしたのが、さつきちゃんの「表現の豊かさ」です。
 

冒頭からその片鱗をみせます。
木に囲まれた引っ越し先の家のエントランスを駆け上りながら叫びます。
木のトンネル
「木のトンネル!」



 
そして、おばあちゃんの畑で野菜を一緒に収穫しているシーンでは、
宝の山
「おばあちゃんの畑って宝の山みたい!」と言って、おばあちゃんを喜ばせます。
(息子は飽きておもちゃを探しています。)


 
そして、トトロが夜にさつきちゃんとめいちゃんに会いに来て、樹をはやし、空を飛ぶシーン。
「夢だけど夢じゃなかった!」と二人が夢を共有した幻想的な場面ですね。
 
コマ乗ったトトロにつかまり、空中を飛び回ります。そこでさつきちゃんは言います。
風になってる!
「メイ、私たち、風になってる!」



「となりのトトロ」は、何度も見てきたつもりでしたが、今回、初めて気づきました。

・・さつきちゃんは詩人だったのです。
 


このとき同時に、私は、ある一つの疑問を感じざるを得ませんでした。

何が、彼女にそのような特異な感性と高い表現力を与えたのか。。。
 


顎に手をあて、眉間にしわを寄せ、
 

リモコンを握ります。
 

そして、2度目の鑑賞へ。
(息子は飽きて寝ています)
 

これは、今夜は眠れなくなるぞ、、(ごくり)
と覚悟を決めたのも束の間、2度目の鑑賞の冒頭部分で、すぐに合点がいきました。
 

その要因は、彼女の周りの大人の子供に対する接し方にあるのではないか?と思いました。
 
有名なまっくろくろすけが出てくるシーン。
二人が、裏の勝手口の扉をあけたときに見た動き回る黒い影のような生物のことを、お父さんに説明します。
「ゴキブリでもない、ねずみでもない、黒いのがいっぱいいたの」
 
するとお父さんは深刻な表情で言います。
「こりゃ、まっくろくろすけだな・・」
二人の表情は明るくなり、目には輝きがうまれます。
 

その後、おばあちゃんにも話すと、
「ススワタリが出たなぁ」と二人に話します。
話によると子供にしか見えないもので、妖怪でもなく、別に危害もくわえるわけでもない存在で、
「今頃、引越しの相談でもぶってるところだろう」といいます。
 
彼らは、「そんなものはいない」とか「ねずみじゃない?」などと、そんなナンセンスなことは言わないのです。
 


入院中のお母さんに会いにいくシーン。
戻ってくるはずの家にお化けがいることを知ったら、お母さんはどう思うだろうと、さつきちゃんは心配しています。
それでも久しぶりに会うお母さんに頬を赤らませながら、恐る恐る耳打ちします。

さつきちゃん「(ヒソヒソ・・・)」

お母さん「お化け屋敷?」

さつきちゃん「うん、お母さん、お化け好き?」

お母さん「もちろん好きよ」「早く良くなって会ってみたいわ」
 
さつきちゃんもめいちゃんも嬉しそうです。

このやりとりに、なぜか泣きそうになりました。

さつきちゃんの豊かな感性と表現力は、周りの大人によって育まれたのかもしれません。

それは、大人たちが与えた感性、というわけではなく、
大人たちが、子供の感性を大切に扱い、
「失わせないようにした」感性、という感じですかね。
 
後ろで「まんま(ごはん食べたい)!」と囁く息子を背に、
そんなことをトトロから学び、胸に刻み付ける新米パパなのでした。
(早くご飯つくりなさい!)

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